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NYTの記事 フランスの移民と同化教育のゆがみ

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8.1. ふとした気づき
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11/8(日)に英文ニュースで世界を読む会(World News Cafe)に参加したので、備忘記録を残しておきます。(公式サイトはこちらです)

10/29付NYTの記事を読解(テーマ:フランスでのイスラム問題)

この日は10/29付けのニューヨークタイムズから “A Teacher, His Killer and the Failure of French Integration”(殺害された教師、加害者、フランス統合の失敗)という記事を精読しました。
参加者は3名(男1女2)でした。

参加した理由

フランスで、中学校で歴史を教える先生が、ムハンマドの風刺画を生徒に見せたという理由で、狂信的なイスラム教徒の若者に殺害される、という事件がありました。マクロン大統領は、殺害された教師は、国家のアイデンティティを守ったと称え、加害者はフランス社会を脅かすテロリストであると断罪。

このマクロン首相の発言に対して、イスラム諸国が反感を示し、フランス製品の不買運動を行うなど余波が広がっているという状況です。10/17にEconomistのWorld in Briefで殺人事件のニュースを知り、その後、この事件に関連してバングラデシュでフランス製品の不買運動が広がっていると10/28の記事を読みましたが、なぜ殺人事件が不買運動に繋がるのか理解できず混乱していました。

そんなわけで、今回は、2つの理由から参加を決めたのです。ひとつめは、この会を主催している飯田さんがフランス文化に詳しいから。ふたつめは、なぜフランスで起こった殺人事件が、各国の批難を招き、事態が悪化していったのか、理由が知りたかったからです。

被害者の先生が称賛される理由

この問題を理解するためには、「表現の自由」「政教分離」などフランスが最も重要視している理念と、なぜフランスがそれにこだわるのかを知る必要があります。

歴史的な背景から、厳格に政教分離を行いつつも、他国からの移民を寛容に受け入れたフランスは、移民に対しても、自国の理念(自由・平等・博愛)とフランス語を公立学校で徹底して指導します。

Mr. Paty was a strong believer in laïcité, the strict secularism that separates religion from the state in France. Ms. Davoust recalled Mr. Paty once asking a young girl wearing a cross around her neck in school to take it off.

被害者となったパティ先生は、フランスの国家から宗教を分離する厳格な政教分離であるライシテの重要性を強く信じていた。かつての教え子であるダヴォーストさんは、パティ先生が学校で首に十字架のネックレスをつけた少女に、それを外すように頼んだことを思い出した。

10/29付ニューヨークタイムズ “A Teacher, His Killer and the Failure of French Integration”

In a class on freedom of expression — including the right to say blasphemous things about all religions — Mr. Paty used caricatures of the Prophet Muhammad, Jesus and rabbis to teach, former students said. 表現の自由に関するクラス(すべての宗教について冒涜的なことを言う権利を含む)で、パティ氏はイスラム教の預言者ムハンマド、キリスト教のイエス、ユダヤ教のラビの風刺画を使って教えたと元学生は語った。

10/29付ニューヨークタイムズ “A Teacher, His Killer and the Failure of French Integration”

殺害された先生は、忠実にフランス国家の指導要領を守って、すべての宗教についてニュートラルに考えることの重要さを生徒たちに伝える授業を行う教育熱心な先生だったのでしょう。

飯田先生によれば、フランスでは、自由・平等・友愛の次に、ライシテの思想が尊重されているそうです。神とも王とも手を切って共和国になったフランスは、非常に人間の理性を重んじます。宗教ではなく、人間の自由意志と、理性を信じることが、フランス人としてあるべき姿だとして教育を受けるのです。

このような状況があるから、事件を受けて、マクロン大統領は亡くなった被害者を称え、さらにライシテを強化することを語ったのだということが分かります。

迷子になる移民たちの反発

第一世代の移民には、うまく機能していたしくみが、第二世代、第三世代になると歪み始めました。なぜなら、移民は、もはやヨーロッパ人、白人、ローマカトリック教徒だけではないし、カトリック教会、労働組合、政党など、この役割(「文化的同化と政治的統合」)を果たしていた他の機関は弱体化してしまい、現在では公立学校だけが、かろうじて機能している、という状況なのです。

この記事によれば、現在、フランスの人口の10%がイスラム教徒であり、彼らの信仰と、公の場での厳格な政教分離を求めるフランス政府の対応は、長い間、軋轢を生み続け、積み重ねられてきました。

そして、今回の事件は、このままの状態でライシテを継続しつづければ、また同じような事件が起こりかねないことを暗示しているでしょう。

Jean-Pierre Obin, a former senior national education official, said that public schools played a leading role in “the cultural assimilation and political integration” of immigrant children who “were turned into good little French” and no longer felt “Italian, Spanish, Portuguese or Polish.”  
元国家教育高官のジャン・ピエール・オービン氏によれば、公立学校は移民の子どもたちに主導的な役割を果たしたという。それは「良き小さなフランス人となり」もはや「イタリア人、スペイン人、ポルトガル人、ポーランド人」であることを意識しなくなった彼らの「文化的同化と政治的統合」を進めたからだ。

10/29付ニューヨークタイムズ “A Teacher, His Killer and the Failure of French Integration”

The push to assimilate risks engendering a form of xenophobia in the broader population, said Hakim El Karoui, a senior fellow at the Paris-based think tank Institut Montaigne. パリに本拠を置くシンクタンク、モンテーニュ研究所の上級研究員であるハキム・エル・カロウイ氏は、同化の推進は、さらに外国人排斥の増加リスクを引き起こすと述べた。

10/29付ニューヨークタイムズ “A Teacher, His Killer and the Failure of French Integration”

“The message is: ‘We don’t want your otherness because we want you to be like us,’” he said. 「(同化推進の)メッセージは、「私たちはあなた方のような他者性(よそ者)を望まない。あなた方に私たちのようになって欲しいのだ」と伝わる、とカウロイ氏は言う。

10/29付ニューヨークタイムズ “A Teacher, His Killer and the Failure of French Integration”

The children who fail to assimilate — and often end up lost, feeling that they belong to neither France nor their ancestral countries — embody the doubt “that our model is not the right one,” Mr. El Karoui said, a possibility that the French “obviously find unbearable.” 同化に失敗し、フランスにも、先祖の国にも属していないことを感じて精神的に迷子になってしまう子どもたち(2世代目から3世代目の移民)は、「私たちのモデル(フランスモデル)は正しいモデルではない」という疑問を体現しているし、それは(ライシテが適していないという可能性)フランス人にとっては、明らかに耐え難いものだろう、とカロウイ氏は語った

10/29付ニューヨークタイムズ “A Teacher, His Killer and the Failure of French Integration”

本当は自由でも平等でもない

飯田先生によれば、公共の場所でブルカ(イスラム教の女性が自分の髪の毛を覆うもの)を付けることなども、本人が心からそうしたいと思っていてもフランスでは難しいといいます。

イスラム教を信じる女性にとっては髪は性的な意味を持つから他人に見せたくないのに、それは許されないことになります。なぜなら、フランスの政教分離に反することになるからです。

表現の自由は認められていますが、それは、あくまでも、フランス的な価値観を踏まえたうえでの自由であって、厳格にイスラム教を信じる人々にとっては、フランスは生活しづらい場所でしょう。

偶像崇拝を禁止し、人間の理性を信じず、神のみを信じるというイスラム教の教義と、フランスの理念は真っ向から対立するもので、双方が歩み寄る姿勢を見せない限り、平行線のままであることは間違いありません。

自分たちと異なる属性や信念を持つ人たちを移民として大量に受け入れた場合に、どのような問題が起こるのか、その人たちに同化政策を行った場合に、どのような影響が考えられるのか、といったことが真剣に議論されてこなかったのでしょう。

もしマクロン大統領が、現状の歪みを認識できていたら、もう少し配慮がある発言をすることができて、事情は変わっていたかもしれません。

単語帳

★は、この記事を読み解くキーワード

cultural assimilation 文化的同化
political integration 政治的統合
★assimilate 同化
engendering 生ずる、発生させる
xenophobia 外国人排斥
otherness:the quality or fact of being different.: “the developed world has been celebrating African music while altogether denying its otherness”.
notions 概念
reprisals against Chechens チェチェンの血の報復の掟
speaking on the condition of anonymity 匿名の条件で話す
leaves one’s mark ~に強い影響を残す、~にひどい傷跡を残す
★secularism 政教分離(フランス語ではlaïcitéライシテ)
★laïcité(仏)ライシテ (←laïque)非宗教性,世俗性;政教分離.(laïcité de l’Etat 国家の政教分離[宗教的中立]、laïcité des écoles publiques 公立学校の宗教色排除.
blasphemous 冒涜的な
the Anglo-Saxon model of multiculturalism 多文化主義のアングロサクソンモデル

参照

政教分離とは国家の非宗教性,宗教的中立性の要請,ないしその制度的現実化であり,これにより,宗教は公権力の彼岸に位置づけられ,〈私事〉として主観的内面性を保障される。

次にフランス革命は,国家と宗教の関係について,〈中立化〉という新たな展開を示した。〈人および市民の権利宣言〉(1789)によれば,国家は〈人の消滅することのない自然権を保全する〉という世俗的目的のための〈政治的団結〉であり,今や国家は神の喜捨や真理への奉仕にではなく,自由で平等な自律的個人の意思のうえに基礎づけられた。ここで予定されている個人は,信教の自由を有し,宗派にかかわりなく平等であることを保障されている,宗教から解放された世俗的存在である。こうして,宗教が社会に追放され国家から切断されることによって,政教分離は原理的に確立されたのである。

“政教分離”, 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-11-08)

フランス社会は伝統的に,とりわけ1793年の〈亡命者保護法〉の制定以来,政治亡命者に原則として門戸を開いている。かつてイランからの亡命者ホメイニーを受け入れたこの国が,今ではホメイニーの政敵となった元大統領バニー・サドルを保護している。そのほか,元アルジェリア大統領ベン・ベラ,元中央アフリカ大統領ボカサら,第三世界の失権した多くの政治指導者が,フランスに抵抗の拠点ないしは安住の地を求めている。特権的な政治亡命者だけではない。フランスはまた一般の政治難民をも数多く受け入れてきた。1956年のハンガリー事件以来,東欧圏からの難民たちが後を絶たなかったし,73年のチリのアジェンデ政権崩壊以後は同国からの難民,そして近年ではベトナム,カンボジアからの難民といったぐあいに,世界情勢を直接に反映した難民がこの国に押し寄せている。その数は現在約16万人といわれ,これに移民労働者約200万人,さらにその他の定住者を合わせると,この国の外国人人口は400万人を超え,人口の約8%に達している。

“フランス”, 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-11-08)

Charlie-Hebdo [ʃaR-li-εb-do]「シャルリー=エブド」紙:「ハラ=キリ・エブド」紙 Hara-kiri Hebdo の発行禁止に伴い,カヴァンナが創刊したコミック調の政治風刺紙(1970‐81).

“Charlie-Hebdo”, 小学館 ロベール仏和大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-11-08)

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