今回は、ハイエクの「貨幣発行自由化論」の第17章「全面的なインフレ、デフレはもはや生じないか」から、気になったところのメモと学習ノートを残しておきます。
「貨幣発行自由化論 改訂版――競争通貨の理論と実行に関する分析 」フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) (著), 村井 章子 (翻訳)
この章は、またまたケインズと政府への批判。マイルド・インフレなら大丈夫っていうのは間違ってるよ、という話です。
インフレとデフレ
まず、インフレとデフレの意味からおさらいしておきましょうか。私は、政治経済のことが良く分かっていないので、高校生向けの参考書で学び直しをしているのですが、これがめちゃくちゃ分かりやすくて助かっています。
インフレーションとは、相当期間継続して物価が上昇していく現象をいう。
「理解しやすい政治・経済 新課程版」松本 保美 (監修) 文英堂
原因① 通貨が必要量をこえて発行され商品量に対して通過量が過剰
原因② 供給に対して需要過剰
⇒物価の上昇
デフレとは、商品の取引量以下に通貨が収縮し、貨幣価値が上昇して物価が下がっていくこと。
「理解しやすい政治・経済 新課程版」松本 保美 (監修) 文英堂
各国の政府は失業が増えるのを防ぐため、といって政策として通貨の供給量を増やしていました。
ハイエクは、それが結果的に良くないんだよ、というのです。インフレが長引いたときに、政府は自分たちのせいじゃないよ、原価があがったせいで、政策の問題じゃない、と言い訳するけど、それを信じるな、とハイエクは読者によびかけます。
このような主張に対しては、厳密な意味で「コスト・プッシュ」インフレというものは存在しないと断固答えるべきだ。賃金上昇であれ、原油価格あるいは輸入品全般の上昇であれ、値上がりした商品を買うための資金がより多く買い手に供給されない限り、すべての財の価格を押し上げるはずがない。コスト・プッシュ型インフレと呼ばれるものは、政府が増やさねばならぬと感じて通過供給量を増やした結果にほかならない。
第17章「全面的なインフレ、デフレはもはや生じないか」「貨幣発行自由化論 改訂版――競争通貨の理論と実行に関する分析 」
フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) (著), 村井 章子 (翻訳)
ちなみに、高校政経の参考書をみると、費用インフレ(コスト・プッシュ・インフレ)は三種類あり、これは供給の側に原因がある、と書かれているんですよね。
費用インフレの種類 | 原因 |
コスト・インフレ | 賃金・原材料・燃料などのコストの上昇によっておこるインフレ。大企業の価格支配力の強い寡占市場では管理価格が一般的となり、コストの上昇を価格に上乗せしやすく、慢性的な物価上昇が続く |
構造インフレ | 産業構造に成長格差が著しい場合には、生産性の低い農畜水産物や中小企業製品などの物価上昇が著しい。そのため、生産性格差インフレともいう。 |
輸入インフレ | 海外のインフレが輸入品価格の上昇を通じてもたらされたもの。石油価格の高騰による場合が代表的。これを石油インフレという場合もある。 |
コスト・インフレのほかに、需要インフレ(ディマンド・プル・インフレ)ってのもあって、そのカテゴリの分類される「信用インフレ」だと、私たちは、たしかに中央銀行(国)の政策ミスだな、ってすぐに分かるんですよね。
信用インフレの原因:中央銀行や市中銀行の過度の貸付けによる需要超過によっておこるインフレ。成長促進のための信用膨張による場合を、とくに成長インフレともいう。
でもハイエクは、コスト・プッシュインフレだって、中央銀行がちゃんと通貨発行量をコントロールしてれば起きない問題だろ、と言ってるみたい。諸悪の根源は、政府が貨幣発行権を独占していることだ、というのが彼の持論ですからね。
それは単なる先送り
ケインズは積極的に政府が経済に介入することで、景気回復や完全雇用が実現できるはずだ、と言っていたけれど、ハイエクは、そんなことが中央政府にできるわけがないだろ?と、ずーーーーーっと、読者を説得しつづけるのです。
ここまで読み進んだ読者は、インフレによって失業(それを引き起こしたのは独占的な労働組合の行動である)と闘う試みは、単に雇用への影響を先送りするだけだということがおわかりだろう。雇用を維持すべく貨幣量を増やしてインフレを加速させた末に、物価が耐えがたい水準に達するまで先送りされるわけだ。このような有害な施策は、政府が貨幣発行特権を掌握している限り、避けられないのかもしれない。
第17章「全面的なインフレ、デフレはもはや生じないか」「貨幣発行自由化論 改訂版――競争通貨の理論と実行に関する分析 」
フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) (著), 村井 章子 (翻訳)
過去の話じゃない
この章を読んでいて、ハッとしたのは、この部分。2020年11月現在、コロナによるパンデミックが世界を支配しており、各国の中央銀行が失業対策に必死になって、貨幣をバンバン発行して、資金が株式や、仮想通貨、金などに流れている状況です。
何らかの出来事によって失望と無気力が一国あるいは一地域を覆い尽くし、誰も再び投資をする気にならず、よって物価下落に歯止めがかからなくなる可能性は排除できない。(中略)しかし資本主義経済における効率的な事業運営に必要な条件が維持される限りにおいて、競争こそが事業運営の混乱を最小限に抑えられるような通貨を提供することができる。そしてこれが、おそらく望みうるすべてなのである。
第17章「全面的なインフレ、デフレはもはや生じないか」「貨幣発行自由化論 改訂版――競争通貨の理論と実行に関する分析 」
フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) (著), 村井 章子 (翻訳)
ハイエクは、あらゆるインフレはきわめて危険である、と断言しています。経済学者も含めて、多くの人がマイルドなインフレは有益とすら考えているからこそ、危険なのです。
中央銀行が誘導したマイルドインフレ政策によって活性化された経済を維持するためには、インフレを加速させなければならないジレンマに陥ってしまうから。
現在の各国中央銀行の動向は、大前研一さんのブログの記述が分かりやすかったので引用します。
今の中央銀行の役割は、政府が乱発した国債その他を買い取り、それによって世の中にキャッシュを供給することです。実は、世界の中でこのような動きをいち早く見せていたのは、アベノミクスを展開した日銀です。
「世界で中銀が日銀と同じ政策を取り始めた」(大前研一ニュースの視点Blog 2020/9/14)
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、トランプ政権下で米連邦準備理事会(FRB)も恥も外聞もなく同様の動きを見せ始め、ついには慎重なドイツも根負けして欧州中央銀行(ECB)も折れました。このようにして、世界のほとんどの中央銀行がゼロ金利政策をとるようになっています。
政治家は新型コロナウイルス感染拡大に対して、お金を乱発することで景気を戻すという安易な施策に走っています。本質的なコロナ対策は時間がかかり大変ですが、お金を乱発するのは非常に簡単です。冷静に見てみれば、企業業績は上向いていません。大多数の企業の業績は悪化しているのが現状です。
行き場のない資金が株式市場に集まっている(大前研一ニュースの視点Blog 2020/9/14)
ニトリや任天堂、あるいは米国GAFAなど、ごく1部の企業はコロナ禍の影響も受けずに改善していますが、ほとんどの企業は地獄の一丁目を迎えるというほど、厳しい状況に追い込まれています。それでも株価が上がっているのは、2つのトリックがあります。1つは、ダウ平均などに企業を選定する際に、株価が上がりやすい企業を恣意的に選んでいるのでしょう。もう1つは、結局のところ他に資金の行き場がなく、株式市場しか行き着くところがない、ということだと私は思います。
[mild inflation]【経済・金融】物価が緩やかに上昇するインフレーション.英語では slow inflation ともいう.
“マイルドインフレ[カタカナ語]”, 情報・知識 imidas 2018, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-11-07)
この状況が危機的であることを自覚して、国家主導による金融政策についてオープンに議論して、より良い可能性を検討して、方向転換できるなら、2020年は記念すべき年になるでしょうね。
次の第18章「金融政策はもはや不要且つ成立しない」では、中央銀行の劣化について語られています。
貨幣発行自由化論 改訂版ーー競争通貨の理論と実行に関する分析 [ フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) ]