人類の最後の野望、不老不死って、どんな形で達成されるのかなと考えていたもんざです。
友人に誘われて金曜の夜に哲学クラブに参加し、みんなの意見を楽しんだのは良かったのですが、私の頭の中は、まとまらない思考と飛び交うハテナマークでしっちゃかめっちゃかで、頭を抱えて帰宅しました。ちなみに今回のテーマは「長寿と不老不死」でした。
会場は、マニラのアメリカ人会のような組織が運営している図書室で、壁面の書棚は本がぎっしり並び、コの字型に置かれたテーブルにはテーブルクロスがかかり、グラスとナイフ&フォークが並べられ、スタッフの人がスピーカーマイクの音量設定をしていて、フォーマルすぎる雰囲気に、すごいな!いったいここはどこだ?別世界だな、と驚いていました。(過去に2回参加したときは、スターバックスなどのカフェだったので、今回もカフェだろうと思い込んでいたのです)
図書室はビルの7階だったし、何の案内看板も出ていなくて、1階の受付で確認して入ってこないといけなかったので、私ひとりでは難しかっただろうな、と改めて友人に感謝しました。
とはいえ私の英語力では、みんなの話を理解するだけで精一杯。なに一つ自分の思っていることを話せないという体たらく。(でも今回の参加者10名(男性7名、女性3名)のうち、よく話していたのは4~5名です)
それでも、日常生活で、こうした哲学的な話題に触れることは少ないため、正しく自分の望む場所に行き、時間をムダにしなかった感覚はあります。一番面白かったのは(とりあえず倫理の話は横において)、自分の脳(心)を別の身体に入れる、クローンを作る、あるいは身体の部分を交換した場合などにおいて、どこまでが本当の自分と言えるのか、という議論でした。
さて、課題です。わたしは、こちらを読んでいます。
■「愛するということ」 新訳版 Kindle版 エーリッヒ・フロム (著), 鈴木晶 (翻訳)
「異性愛には、もしそれが愛と呼べるものなら、一つの前提がある。すなわち、自分という存在の本質から愛し、相手の本質と関わりあうということである。本質においては、すべての人間は同一である。私たちはみな「一者」の一部である。私たちは「一者」なのだ。だとしたら、誰を愛するかなどまったく問題ではないはずだ」
( 「愛するということ」 新訳版 Kindle版 エーリッヒ・フロム (著), 鈴木晶 (翻訳) (第二章 愛の理論 3 愛の対象 3-c 異性愛)
(A)自分の本質=【愛】=相手の本質
(B) 本質=人間は同一
(C)私たち=一者の一部
このフロムの論理展開について行けないんです。(A)は分かる。(B)も分かる。でも(C)になると「?」です。ここで示されている「一者の一部」の「一者」って誰なのか、意味がよく分からない。人類みな兄弟みたいなニュアンスなのかな?
そう思って原書を確認したら、こんなかんじ。やっぱり分からない。
「In essence, all human beings are identical. We are all part of One; we are One. This being so, it should not make any difference whom we love.」
(II. The Theory of Love 3.The Objects of Love 3-1.Erotic Love )
佐藤さんに質問してみようかな。。。
さて、読書会まで、あと6日です。参加予定のみなさまは、ご紹介いただく予定の本をGoogleドキュメントに入力するか、投稿にコメントする形でお知らせくださいね。
■参加者(3名)
1.もんざ
2.にしやまさん
3.じょあんなさん
4.ポテト男爵さん(仮)
今日も読んでくださってありがとうございます。
明日もどうぞよろしくお願いします。