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「下町」林芙美子(1948)人生の喜怒哀楽を全部盛り込んだ短編

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読書感想
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1948年(昭和23年)に発表された林芙美子の短編小説を読みました。戦後もシベリアに抑留されている夫を待ちながら幼い息子を抱えてお茶の行商をしながら暮らす30歳の女性おりよが主人公。辛く厳しい生活からの変化が見えてきたところで、思いがけない悲劇に見舞われるものの、生き抜こうとする主人公はたくましく魅力的で、読後感は爽やかで力強いものです。10分程度で読めますが、すっかり昭和初期にタイムスリップして、恋愛ドラマを1時間観たような感覚になり、読後はしばらく考え込んでしまいました。(「下町」林芙美子著 ←青空文庫で無料で読めます)

原作と翻訳の読み比べ

原作の読者を惹き込むパワーに比べると、英訳版は物足りなさを感じました。下町の情緒とか、おりよと鶴石の微妙な距離感みたいなものが、英語になると、消えてしまう気がして。

名前が呼び捨てになると、それだけで、あ、ちがうな、という違和感が出ます。たぶん英語には訳せない部分なのかなぁ。具体的に気になったところは、このあたり。

「おりよさんはいくつだね?」突然鶴石がこんな事を聞いた。りよは顔を鶴石の方へ向けてくすりと笑つた。「女の年は判らないよ。二十六七かね?」「もう、お婆さんですよ。三十です」「ほう、自分より一つ上だ……」「まア! 若いのねえ、私、鶴石さんは三十越してンだと思つたわ」

「下町」林芙美子著

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、ここは、かなり親密な場面です。それでも二人はお互いを「おりよさん」「鶴石さん」と敬称をつけて話しています。日本人の感覚では当然というか、納得できる部分なのですが、英訳ではRyo, Tsuruとなっており、二人の距離感がグッと近づいています。外国人に理解してもらうためには、呼び捨てに変えなきゃいけないってことなのかもしれません。日本人が英語を読むと原作との隔たりを感じるのは明らかでしょう。(年齢は明らかな誤訳ですね)

“How old are you, Ryo?” Tsuruishi asked her. “I should guess twenty-five.” Ryo laughed. “I’m afraid not, Tsuru, I’m already an old woman. I’m twenty-eight.” “A year older than me.” “Goodness, you’re young.” said Ryo. “I thought you must be at least thirty.”

DOWNTOWN By Fumiko Hayashi TRANSLATED BY Ivan Morris (Modern Japanese Short Stories: An Anthology of 25 Short Stories by Japan’s Leading Writers)

71作品が無料公開中

林芙美子の作品は青空文庫で71作品も無料公開されています。アマゾンのアンリミテッドで読める作品もいくつかあります。少しづつ他の作品も読んでみようと思っています。

参考

林芙美子 はやしふみこ 1903-51(明治36-昭和26)小説家。山口県生れ。本名フミコ。母キクの私生児として誕生。各地を転々と放浪しながら育ち,1922年尾道市立高女を卒業。上京して,女中,露天商,女工,女給など各種の職業を遍歴しながら詩や童話を書く。アナーキスト詩人萩原恭次郎,岡本潤らと交わり,平林たい子の小説が《大阪朝日新聞》の懸賞に当選したことに触発され,《放浪記》(1928-29)を《女人芸術》に発表。これが改造社から単行本として出るやベストセラーとなった。次いで《風琴と魚の町》《清貧の書》(ともに1931)など自伝的小説を書き,文壇の第一線の作家となっていく。戦時中は従軍ペン部隊の一員として,中国や南方各地に赴く。戦後も《晩菊》(1948),《浮雲》(1950-51)など哀愁を誘う抒情的作品をものしている。ヒューマニズムと清冽(せいれつ)な詩情にあふれた作風に特色があり,それが困難な時代を生きた多くの人々に共感をもって迎え入れられたといえる。

“林芙美子”, 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-08-17)
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