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「身銭を切れ」第16章 信仰には犠牲が必須だった

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読書感想
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今回は、タレブの「身銭を切れ」の第7部の第16章「身銭を切らずして信仰なし」から、気になったところのメモと学習ノートを残しておきます。(10月のABD読書会で、担当する章を読み終えて感想を共有する予定で準備をしています。ちなみに、私の担当パートは、プロローグ3と第7部(宗教、信仰、そして身銭を切る)です。

「身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質」ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月 衛 (翻訳), 千葉 敏生 (翻訳)

無料オプションはない

第15章で宗教の意味は、人と時代によって異なりまくることを説明していたタレブですが、第16章では、「人間」が「神」との関係性を求めるときには、犠牲を払うことが一般的だったという古代からの事例を挙げ、『支払った犠牲と受け取った対価は対称でなければならない』という彼の意見を示しています。

第5章「シミュレーション装置のなかの人生」で「イエスはリスク・テイカー」「パスカルの賭け」の事例を挙げて、『本当の人生とはリスク・テイクである』(この本の主題)ことを説明していたタレブですが、第16章は、キリスト教の歴史的事実からその意見を補完しようとする試みのようです。

パスカルの賭けの最大の神学的欠点は、信仰が無料オプションではありえないという点だ。支払った犠牲と受け取った対価は対称でなければならない。でなければ、あまりにもラクすぎる。よって、人間どおしで成り立つ「身銭を切る」という原則は、神々との関係性においてもまた成り立つのだ。

第16章「身銭を切らずして信仰なし」「身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質」ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月 衛 (翻訳), 千葉 敏生 (翻訳)

非常にキリスト教徒らしい意見です。先日読んだ「反知性主義」(森本あんり著)を思い出しました。人間と神が契約を結ぶことが可能だという考え方だと、こうなるんですね。面白いです。もともと著者は、ウォール街で金融デリバティブの専門家として働いていたことから、「無料オプション」という言葉が出てきたりします。

特定の商品を買ったり、売ったりする権利。権利行使するときの価格を行使価格、手数料をオプション料という。また、買う権利をコール、逆に売る権利はプットという。こうしたコールやプットを売買するのがオプション取引である。

“オプション【2019】[国際金融【2019】]”, 現代用語の基礎知識, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

「パスカルの賭け」とは、数学者パスカルがキリスト教の不信心者に対して、神に懸けるか否かの二者択一を求めて、負けても失うものはないんだから神を信じろ、と言った話らしいです。

でも「パスカルの哲学」で詳細を読むと、なんかちょっと微妙にニュアンスが違う気がしました。

「 ―― そうかね。だが、賭けなくてはならぬ。どちらでもは、許されないのだ。きみはもう、船に乗り込んでしまっているのだから。きみは、どちらを採るか。さあ、考えてみよう。選ばなければならぬからには、どちらのほうが、きみには得が少ないかを。きみが、失うかもしれないものは二つ、真と善だ。つまり、賭けなければならぬものは二つ、きみの理性ときみの意志、きみの認識ときみの幸福だ。そしてきみの本性からして、二つのものを避けねばならぬ。誤りと悲惨だ。さてきみの理性は、どちらを選んでも傷はつかない。必ず選ばなければならぬ以上は。これで一丁片づいた。だが、きみの幸福は? 神があるほうに賭けたとして、損得を計ってみよう。次の二つの場合を見積もってみよう。勝てば、全部もうける。負けても、びた一文損しない。だから、ためらうことなく賭けたまいな。神はあると。」

“パスカルの哲学 141ページ” ジャン・ブラン著, 文庫クセジュ ベストセレクション, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

この本によると、ここでパスカルが神に賭けろ、と言ったのは、リスクを取れ、という意味なんじゃないかと思うんですよね。相手は、賭けることから逃げたい、つまり、何もしないという選択をしたがっている。でも、パスカルは、それはダメだよ、ちゃんと自分の頭で考えて選べ、と説明して、説得しているわけです。

崇拝者は身銭を切る

ここで、タレブはイスラム教、ユダヤ教、初期キリスト教は、互いに礼拝所を共有していたのではないか、という仮説を立てて検証しています。現代語の由来を古代言語から類推したり、建造物の祭壇の構造に着目したり、どのくらい「身銭を切る(犠牲を捧げる)」ことが必要であり、一般的だったのか、なぜその習慣が失われていったのかも、ここで解説されています。

しかし、結局キリスト教は、キリストがみんなのために自己を犠牲にしたという考えのもと、そうした犠牲の概念を排除した。しかし、日曜日にカトリック教会や正教会を訪れると、ある模像(シミュラークルム)を目にするだろう。血を模するぶどう酒があり、儀式の最後に聖水盤(排水路)へ流される。

第16章「身銭を切らずして信仰なし」「身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質」ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月 衛 (翻訳), 千葉 敏生 (翻訳)

犠牲を伴わない信仰という概念は、明確な証拠があるとおり、歴史的には新しいものだ。信条の強さは、神々の持つ力の”証”ではなく、崇拝者が身銭を切っているという証によって決まっていたのだ。

第16章「身銭を切らずして信仰なし」「身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質」ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月 衛 (翻訳), 千葉 敏生 (翻訳)

用語

この章も、なじみのない単語が多かったです。以下は、分からなかった用語の備忘記録です。

“ギリシア正教会”ロシア正教会とともに、東方正教会の中核をなす教会。日本では、正教そのものをギリシア正教ということもある。1832年にギリシアがトルコから独立したのち、コンスタンティノープル総主教管下にあったギリシアの正教会は、1850年独立教会となった。こうして、ギリシアは正教を国教とする国となった。現在ギリシアには78の府主教区があり(ギリシアでは大主教が府主教の上)、初代教会機構の形態をそのまま受け継いでいる。ギリシア正教会には国民の約98%、約1028万人の信徒がいる(1996)。

“ギリシア正教会”, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

“たいさい‐せつ【大斎節】キリスト教で、復活祭前日までの四六日間から日曜日を除く四〇日間の斎戒期間。キリストが荒野で断食・修行した四〇日間にちなんだもの。身を清め、断食、懺悔(ざんげ)などを行なう。大斎。四旬節。レント。

“たいさい‐せつ【大斎節】”, 日本国語大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

“アーシュラー”イスラム教シーア派の祭日。ヒジュラ暦(イスラム暦)第1月10日。イスラム教3代目指導者、エマーム・ホセイン(イマーム・フサイン)の殉教日。イラン、バングラデシュなどは祝日になる。アシュラともいう。

“アーシュラー”, デジタル大辞泉プラス, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

“顕示選好”伝統的な消費者選択の理論においては、効用関数を前提にして需要曲線を導出する。しかしながら、効用関数は個人の主観的な満足度に基づいているため、直接観察したり計測したりすることは不可能である。これに対して、現実の市場で与えられる価格、数量などの客観的なデータを通して消費者の選択行為の合理性を設定し、それによって消費者行動の法則性を説明しようとするのがP・A・サミュエルソンによって創始された顕示選好の理論である。

“顕示選好”, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

“ラスパイレス指数”物価あるいは数量指数算式のうち,ラスパイレスÉtienne Laspeyres(1834-1913)によって1864年に提唱された方式による指数をラスパイレス指数という。

“ラスパイレス指数”, 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

“プロクルステス”Prokroustēsギリシア伝説で,メガラからアテナイへの街道に出没した強盗。その名は〈引き延ばす男〉の意。捕らえた旅人を自分の寝台に寝かせて,その身長が短すぎると槌でたたくか重しをつけるかして引き延ばし,長すぎると,はみ出た分を切り落とした。現在でも杓子定規,容赦ない強制の意で使われる〈プロクルステスの寝台Procrustean bed〉はこれに由来する。同じ街道で,曲げた2本の枝に1本ずつ足をゆわえつけ,通行人を二股裂きにしていたシニスSinis,海に蹴落として大亀の餌食にしていたスキロンSkirōn,むりやり相撲の相手をさせて殺していたケルキュオンKerkyōnらと相前後して,いずれもみずからが旅人を殺した方法で,アテナイの王子テセウスに退治されたという。

“プロクルステス”, 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-06)

関連情報

  1. まぐれ (Fooled by Randomness) 2001 邦訳kindleなし
  2. ブラックスワン (The Black Swan) 2007-2010 邦訳kindleなし
  3. The Bed of Procrustes 2010 邦訳kindleなし
  4. 反脆弱性 (Antifragile) 2012 邦訳kindleあり
  5. 身銭を切れ(Skin In the Game)2018 邦訳kindleあり

タレブのホームページ
https://www.fooledbyrandomness.com/

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