1冊の本(ブルシット・ジョブ 以下BSJ)を手がかりに、マルクスの資本論や、フェミニズムについて知識を持った専門家たちと対話できる面白いYoutubeライブ企画を観ました。とても勉強になったので、備忘記録を残しておきます。
1/27 #D2021 企画 Vol.6 Dialogue “クソどうでも良い仕事”は誰のため? ~ブルシット・ジョブとエッセンシャルワーク〜
良かった点
- BSJの日本版翻訳者である酒井さんから、BSJを読み進める上での注意点が聴けたこと
- 専門家ではないコメンテーターの率直な意見と、一般市民、学者の三者三様の視点を短時間で上手に切り取って、視聴者に提供してくれる良質な番組だった
- 観たあとに、では、自分はどういう立場で何をするのかを考えさせてくれた
イマイチだった点
- 個人的に夜遅い時間が苦手なので、放送が休日の昼間だと身体がラクだった
- 最後のTシャツ販売のお知らせ(番組制作者側の葛藤が見えて面白かったけど、当然のようにサラッと宣伝してもOKなのにな、と思いました)
- 笛美さんはツイッターアイコンだけの表示で動きがなくてちょっと寂しかった(顔出しNGなのは良く分かるのですが、他のコメンテーターに対する反応(うなずきとか)が分かるだけでも、全体で対話している感じがでるので、アバターなどを使ってもらえたら、良かったかな)
でも、イマイチな点は、ほとんど無理矢理に考え出したようなもので、イベントへの満足度は5点満点中★★★★4点です。
問題点をようやく議論し始めた
もっとも学びが多かったと感じたのは、なぜエッセンシャルワーカーが、必要な仕事にも関わらず低賃金で酷使される状況が継続され、改善されにくいのか、という点についての議論でした。
誰もが何かがおかしい、と感じているにも関わらず、無言で仕方がないと諦めてしまっている。それこそが、最初の大きな壁であり、大きな問題なんだ、と多くの視聴者は理解できたのではないでしょうか。
気づいていることを声に出して、自由に皆で対話をすることが、まずはスタート地点。
BSJを翻訳した酒井さんは、ここ10年近く日本では、そうした議論すら活発に行われてこなかったけれど、コロナ禍で、ようやく市民レベルの意識が、そちらの方向を向き始めたのではないかと語られていました。
資本主義の魔力を自覚する
私が個人的に非常に共感したのは、BSJを読んだ岡野さん(フェミニズム研究)の感想でした。この本を読むと、自分の感覚がいかに資本主義に染まっているか、資本主義の魔力を感じる、というもの。
BSJを否定しきれない自分が存在することを認めるという岡野さんの言葉を聞いて、まさに私が感じていたモヤモヤした気持ちを、ぴったりの言葉で表現していただき、スッキリしました。(BSJを読みながら私も、そうは言っても働かなきゃ生きていけないし、仕事を作り出すことで、この社会は回っているんだから、どうしようもないじゃない?と思っていたのです)
特に日本は、長時間労働することや、辛いことを我慢することが当然であり、そうすることが評価されてきた社会です。第二次世界大戦後、その価値観を多くの人が受け入れ、がむしゃらに会社のために働く企業戦士たちによって、日本社会は高度成長を遂げたという事実は間違いありません。
しかし、その価値観は、2021年を生きる私たちに、幸せをもたらすことができるのでしょうか。そのような価値観で動いている資本主義社会で、本当に得をしている人とは、いったい誰なのでしょうか?
BSJを理解する6つのコツ
第1部ではBSJを翻訳した酒井さんの解説で、BSJの著者グレーバーの考えを読み解きながら、BSJがなぜ増殖するのか6つのポイントから学びました。
1.BSJはSJじゃない
⇒BSJであるほど好待遇、SJであるほど、労働条件が悪化する傾向
2.現代社会はBSが増殖しているBSJ現象
⇒BSJの新設と実質のある仕事がBSJ化していく二重の動き
3.新自由主義(ネオリベラリズム)の「市場原理主義」は本当に効率的なのか?
⇒むしろ「市場原理主義」は「不効率」をも生み出している
4.新自由主義(ネオリベラリズム)は政治的である
⇒新自由主義は「資本主義」を世界でただひとつの可能なる経済システムであるように人に思うようにさせる・・・可能性を封じこめ、(政治的)選択をさせようとする
5.そもそも数えられない人間の活動を数量化する
⇒評価するためには、明確な基準で計測できる数値が必要。でも、そもそも、そこに無理がある。無理やり数量化しようとするため、本来は不必要な、意味不明な役割を持った仕事が生まれてくる
6.BSJ論におけるケア労働の意義
⇒伝統的製造業の衰退とそれまで再生産労働にゆだねられてきたケアの領域の市場化
6番目のケア労働(SJ)における不条理と不平等については、第2部でさらに詳しく日本における現状を検討し、対話を深める内容でした。
ケアの倫理の根幹にある問い
第1部で学んだことを基に、第2部では、SJのひとつであるケア活動が、なぜ評価されない社会になっているのかを、岡野さんの解説で学びました。
社会も人類も、ケア活動が存在しなくなれば存在しえないほど重要な活動であるのに、なぜこれほど、社会的な評価・価値が低いのか?
資本主義経済の中で家族が危機に瀕しており、社会的再生産/ケアリング・ケア実践が継続できなくなってきている。
自然視されるがゆえに、無尽蔵な簒奪の対象と想定される。
乳児を抱えた母親も、病院で働くケアワーカーも、劣悪な労働環境だったとしても、辞められない状況にある。忙しくて疲れ切って、声をあげる時間もない人々の状況に、資本主義はつけ込んでくる。
では、どうするのか
酒井:人々の苦しみを可視化することに意味がある。SF作家のギブスンが言っていたように、未来はすでにここにある。ただ不平等に分配されているだけなのだから、その不均衡をどのように解消するかを議論していく。
岡野:ケアは私たちを目覚めさせてくれるキーワードになる。皆、経験しているのだから、自分たちの周りのコミュニティで実践変革できるのではないか
後藤:労働を営みと言い換えたい。労働に自分たちは縛られているから。BSJの視点よりもケアの視点からの方が取り組みやすそう。みんなで語り合うところから、少しずつ変化させられたら。でも、そんなにのんびりしている時間はないのかもしれなくて、そこのところのバランスを学者さんたちに引っ張っていって欲しい。
笛美:日本人は耐えることに自分たちの才能に使い過ぎてきた。それを他のことに使えば社会は変えられる。
齋藤:MMTとかUBIなど、すぐに結果が出そうな分かりやすいものに、人々は飛びつきがち。でも、そこじゃない。結論は簡単。社会の構造がおかしくなってる。上位1%が不必要に莫大な富を独占していることが問題。それを解消できれば、いろんなことが解決する。
The future is already here – it’s just not evenly distributed.
https://quoteinvestigator.com/2012/01/24/future-has-arrived/
—William Gibson 未来はすでにここにあります-それはただ均等に分配されていません。
ウィリアム・ギブスン(SF作家)
分断ではなく対話
もっとも重要なことは、誰かを断罪することではない。労働者をBSJだ、SJだと非難しても問題は解決しない。どんな仕事が最悪なのかを競争しても意味がない。
大切なことは、現状を直視すること。そして、何が問題なのかを見極めるために、対話を続けていくこと。安易な解決策に飛びつこうとしないこと。
私にできることは、現状が当たり前、仕方がないことだと、あっさり諦めて、思考停止してしまわないようにすることだと思いました。
関連書籍
「ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論」デヴィッド・グレーバー (著), 酒井 隆史 (翻訳), 芳賀 達彦 (翻訳), 森田 和樹 (翻訳)
「官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則」 デヴィッド・グレーバー (著), 酒井 隆史 (翻訳)
家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平 (岩波現代文庫) 上野 千鶴子 (著)
「ケアするのは誰か?: 新しい民主主義のかたちへ 」Joan C. Tronto (原著), ジョアン・C. トロント (著), 岡野 八代 (著)
「99%のためのフェミニズム宣言」シンジア・アルッザ (著), ティティ・バタチャーリャ (著), ナンシー・フレイザー (著), 惠 愛由 (翻訳)
Feminism for the 99%:: A Manifesto (English Edition) Nancy Fraser (著), Tithi Bhattacharya (著)
NHK 100分 de 名著 カール・マルクス『資本論』 2021年 1月 [雑誌] (NHKテキスト) 斎藤幸平 (著) NHK出版 日本放送協会 (編集)