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待つほど長く感じる時間(神曲 天国篇 第二十二歌)

やってみよう
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現在、ダンテの「神曲 天国篇」を読んでいます。今回は第二十二歌を読んで、気になった一文を深読みしてみます。

時間は主観的にながれる

第二十二歌でダンテはベアトリーチェに導かれて、土星天から双子宮に移動します。場の雰囲気に圧倒されてオロオロするダンテに対して、例によってベアトリーチェが「しっかりしなさいよ。なにビクビクしてんの?ここは神の国、天国だから安全だって分かってるでしょ」と状況を説明してくれます。

天の剣が裁断を下す時期は遅きにも
早きにも失しません。ただ到来を待ち望む人には遅く、
到来を惧(おそ)れる人には来方が早く感ぜられるまでのことです。

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版  <第二十二歌 15-18>

神様は最適な時を分かっている。まだかな?まだかな?ってそれを待っている人には、時間の流れがゆっくりに感じられるし、来て欲しくないと思っている人には、あっという間に時間が過ぎ去ってしまうように感じられるだけ。だから神様の意志を信じて心を穏やかにしなさい、ってことでしょう。

時間が主観的なものであることを説明するベアトリーチェの言葉を聞くと、「たしかに、そうかもなぁ」って気はしますよね。昔の人も同じだったんだなぁ、と思ってしまうかもしれません。でも、実は時間の感覚は、中世、近代、現代で大きく変化しました。

14世紀の時間感覚は現代人とは違う

21世紀に生きる私たちは、時間をお金のように考えますよね。時間は客観的な指標になりました。しかし、このような考え方は当たり前ではありません。これが一般庶民にまで広まるのは産業革命の18世紀以降です。14世紀のヨーロッパは、商人ギルドが資金を提供して多くの街に時計塔を作るようになった時期です。まず商人たちが、時間をお金と同じように計画を立てて管理し、使うものとみなすようになり、それが中流階級へと広がっていきました。

中世以前では、神官や僧侶が天体の動きを観測して、その動きを中心として生活していましたが、一般の人々にとって、時間はもっとおおざっぱでした。太陽が昇れば朝だし、沈めば夜。月の位置や星の位置で、ざっくりと時間を把握するくらい。

電車の発着時間を何時何分まで管理できちゃう現代日本社会は、中世人から見たら神様の領域に踏み込んでるようなものしれませんよね。

Once time was money, it became possible to speak of “spending time,” rather than just “passing” it– also of wasting time, killing time, saving time, losing time, racing against time, and so forth. 時間がお金になると、単なる「通過」ではなく、「時間を使う」ことができるようになり、また、「時間を無駄にする」「時間をつぶす」「時間を節約する」「時間を失う」「時間と競争する」などとも言われるようになりました。Puritan, Methodist, and evangelical preachers soon being instructing their flocks about the “husbandry of time,” proposing that the careful budgeting of time was the essence of morality. ピューリタン、メソジスト、福音派の説教師たちは、すぐに「時間の管理」を説き、時間を慎重に管理することが道徳の本質であると提唱した

Bullshit Jobs: A Theory (English Edition) 英語版 David Graeber (著)

原文を自動翻訳

ちなみにイタリア語と英語を自動翻訳したら、こんな感じ。イタリア語からの日本語への自動翻訳は、意味が分からなくなっちゃってますね。 英語からの日本語への翻訳は、DeepL無料翻訳なら、意味が通じる内容です。

16 La spada di qua sù non taglia in fretta
17 né tardo, ma’ ch’al parer di colui
18 che disïando o temendo l’aspetta.

Poem (Petrocchi Edition) <第二十二歌 15-18>

ここの剣は速く切れません
遅くもありませんが、彼の意見では
欲しがる人や恐れる人がそれを待っています。(Google翻訳 伊→日)

こちら側の剣は、焦って切らない
遅刻もしていないが、彼の意見では誰が
望んだり、恐れたりして、それを待っている人。(DeepL無料翻訳  伊→日 )

16 The sword that strikes from Heaven’s height is neither
17 hasty nor slow, except as it appears
18 to him who waits for it—who longs or fears.

Allen Mandelbaum Translation <第二十二歌 15-18>

天国の高さから打つ剣はどちらでもない
表示される場合を除いて、急いでも遅い
それを待つ者、それを待ち望んでいる者、恐れている者に。 (Google翻訳 英→日)

天の高みから打つ剣は、急いでもいないし、遅くもない。
焦ることも遅れることもない。
待っている人、つまり、待ち望んでいる人、恐れている人には現れない。
( DeepL無料翻訳  英→日 )

参考

神曲:… この彼岸の世界への旅は1300年4月8日からほぼ1週間にわたって続くが、読者は主人公のダンテとともに3人の導者たちに連れられて三界を遍歴しながら、しだいに魂の浄化を遂げてゆき、その意味ではカトリシズムによる一大教化の書といってよい。しかしながら、作品の随所に、教皇を含めて聖職者たちへの熾烈 (しれつ) な糾弾が語られ、単なるキリスト教の喧伝 (けんでん) の書ではなく、政治的には教皇庁と鋭く対立する亡命者ダンテの政策が掲げられ、詩人の悲願であるローマ帝国の再建とイタリア半島の政治的統一、アラブ世界を経由した科学思想、また前衛的な詩法、神学、社会批判等々、中世ラテン文化の総決算の書となっている。

“神曲”, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-08-29)

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