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第十五歌から第十九歌までの一行まとめ(神曲 天国篇)

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現在、ダンテの「神曲 天国篇」を読んでいます。今回は第十五歌から第十九歌までを一行でまとめてみました。印象に残った部分、疑問点などもメモしておきます。

第十五歌

火星天で祖父の祖父カッチャグイダの出迎えを受ける

待っていたよ、私はダンテの先祖だよ、と語るカッチャグイダ・アリギエーロ。

「ああ私の葉よ、その葉が出るのを待つことすらも
私には楽しみだった。私はそのおまえの根なのだ」
このように彼は私に答えはじめた。

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十五歌 88-90>

12世紀イタリアのフィレンツェで、人々がどのような生活をしていたのか、ここ第十五歌と第十六歌でカッチャグイダの言葉を借りて、具体的な説明があり、当時の風俗を知ることもできます。

ネルリ家の当主もヴェッキオ家の当主も
毛のない粗皮の服を着て満足し、
その家の女たちは錘と錘竿を繰っていた。

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十五歌 115-117>

第十六歌

カッチャグイダがダンテの質問に答えて十二世紀初頭のフィレンツェの状況を説明

ここは、地名や人名など、固有名詞がたくさん出てくるので、本文を読んでいるだけでは分かりにくい部分です。でも、河出文庫では注釈が充実しているため、注釈も併せて丁寧に読むと面白さが理解できると思います。

それで慕わしい御先祖にお聞きいたしますが、
あなたのご先祖は誰方でございましたか?
またいつの年にお生まれになり幼年時代をお過ごしになりましたか?
聖ヨハネの民草の数は
当時は幾らで、またその中で
最高の座にあった人々は誰々でございましたか?

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十六歌 22-27>

1300年のフィレンツェの人口は三万人余りだったことから考えると、カッチャグイダが生きていたころの人口は6千人程度と考えられるようです。

当時、マルスと洗礼堂の間で
武器を取ることができた人数は
いま生きている人々の数に比べて五分の一だった。

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十六歌 46-48>

第十七歌

先祖の魂から自分の今後の厳しい運命について聞き、神曲の執筆を頑張れと励まされる

引用したところ(124-128行)は、自分が地獄、煉獄、天国で体験したことを執筆することへの迷いを先祖カッチャグイダに告げ、アドバイスを仰いだダンテに対する回答です。

神曲はダンテの創作なので、先祖からの称賛や応援は自作自演ですよね。ダンテが非常に強力な自分自身への信頼感を持ち、どのような逆境にあっても、自分を信じて詩作を続ける気力を保つぞ、という宣言のように私は受けとめました。

身に覚えのある者や
身内に覚えがあり、良心に曇りのある連中は
おまえの言葉を必ずや露骨、唐突と感じるだろう。
だがたといそうなろうとも、おまえは一切の嘘偽りを排し、
おまえの目に映った一切の姿を明るみに出すがよい

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十七歌 124-128>

以下の引用部分(139-142行)は、ファクトチェックみたいで面白いな、と思ったところ。

例を引くにしても、根元が不明不詳であったり、
論ずるにしても、取るに足らぬ内容であったりすれば、
それを聞いたところでいっこうに魂の安らぎは得られぬし、
また信を置こうにも置きようがないからだ

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十七歌 139-142>

第十八歌

ダンテ、火星天から第六の天(木星天)へ昇り、詩の女神の啓示を受ける。

ここでダンテは詩の女神による啓示を受けます。(もちろん、これも自作自演なわけですけど)自分の体験したことを執筆し記録として残すことが、社会にとって、いかに重要で意味があることなのかを表現しているのでしょう。

ああ神々しい詩の女神よ、おまえは詩才に栄光を授け、
おまえの力を用いて国の名や都の名を不朽にする
詩人たちに長い命を与えるが、
どうかおまえの光で私を照らしてくれ。

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十八歌 82-142>

ここで受けた啓示とは「愛せよ正義を」「地を審く者らよ」という言葉。これは紀元前1世紀ごろに記されたとされる「ソロモンの智恵の書」の冒頭にある言葉です。この書物は、キリスト教のなかでも、聖書に含めるところ(カトリック教会と正教会)と、含めないところ(プロテスタント)があり、またユダヤ教は外典扱いになっています。

いずれにせよ、ダンテの時代(14世紀のイタリア)では一般に広く知られていたので、このような形で使用したのでしょうね。

1. でよ。をさばくものどもよ。よろしきをもてしゆをおもひ、まごころもてしゆをもとめよ。

Wikisource:宗教 > 聖書 > 旧約聖書続篇 > ソロモンの智慧 第一章

第十九歌

神の正義は人智では計れないという話

ここでダンテは、ずっと疑問に思っていたことを質問する機会をようやく手に入れます。

誰か男がインダス河畔で
生まれたとする。その地にはキリストについて語る人も、
読んで教える人も、書いて記す人もいない。
その男の考える事、為す事はすべて
人間理性の及ぶかぎりでは優れている。
その生涯を通じ言説にも行動にも罪を犯したことがない。
その男が洗礼を受けず信仰もなくて死んだとする。
その彼を地獄に堕とすような正義はどこにあるのだ?
彼に信仰がないとしてもそのどこに罪があるのだ?

神曲 天国篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳) 形式: Kindle版 <第十九歌 70-78>

70ché tu dicevi: “Un uom nasce a la riva
71de l’Indo, e quivi non è chi ragioni
72di Cristo né chi legga né chi scriva;

73e tutti suoi voleri e atti buoni
74sono, quanto ragione umana vede,
75sanza peccato in vita o in sermoni.

76Muore non battezzato e sanza fede:
77ov’ è questa giustizia che ’l condanna?
78ov’ è la colpa sua, se ei non crede?”.

Poem (Petrocchi Edition) <第十九歌 70-78>

For you would say: ‘A man is born along
the shoreline of the Indus River; none
is there to speak or teach or write of Christ.

And he, as far as human reason sees,
in all he seeks and all he does is good:
there is no sin within his life or speech.

And that man dies unbaptized, without faith.
Where is this justice then that would condemn him?
Where is his sin if he does not believe?’

Allen Mandelbaum Translation <第十九歌 70-78>

これは、キリスト教徒ではない人たちが知りたいポイントですよね。だって、キリスト教徒じゃなかったら天国にはいけない、っていう設定になってるわけですから。ダンテも、それって変じゃない?と質問するんですよ。でも、返ってきた答えは、「神の永遠の裁きは人間には不可解だろうけど、みなすべて正義なのだから心配するな」みたいなので、全然こたえになってないから、「え?なにそれ?」って思ってしまうところです。

参考

神曲:… この彼岸の世界への旅は1300年4月8日からほぼ1週間にわたって続くが、読者は主人公のダンテとともに3人の導者たちに連れられて三界を遍歴しながら、しだいに魂の浄化を遂げてゆき、その意味ではカトリシズムによる一大教化の書といってよい。しかしながら、作品の随所に、教皇を含めて聖職者たちへの熾烈 (しれつ) な糾弾が語られ、単なるキリスト教の喧伝 (けんでん) の書ではなく、政治的には教皇庁と鋭く対立する亡命者ダンテの政策が掲げられ、詩人の悲願であるローマ帝国の再建とイタリア半島の政治的統一、アラブ世界を経由した科学思想、また前衛的な詩法、神学、社会批判等々、中世ラテン文化の総決算の書となっている。

“神曲”, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-08-29)

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