今回は、「プロローグ」から、気になったところを共有します。(9月の読書会までに、この本を読み終えて感想を共有する予定で準備をしています)
「反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―」(新潮選書)森本 あんり (著)
見返りを求めない愛
本来、聖書の基本的なメッセージは、人間は罪を犯し反逆するけれども、神は恵みの神でありつづける、というもの。これは、両親が子どもを無条件で見返りを求めず愛するようなものでしょう。
神と人間が対等な契約関係になるならば、お互いが権利と義務をもつわけである。つまり、人間が信仰という義務を果たせば、神は祝福を与える義務を負い、人間はそれを権利として要求できる、ということになる。その結果、宗教と道徳とが直結し、神の祝福とこの世の成功が直結する。まことにわかりやすい話だが、その分宗教的には薄っぺらで安っぽい。
(プロローグ 「反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―」森本 あんり (著) )
ところがアメリカでは、神と人間の関係は、ビジネスライクな契約という概念のようになっているわけです。森本さんが、薄っぺらいと書いているのは、これがギブアンドテイクの関係になってしまっており、利己的だからだと思うのです。
私個人の感覚でいえば、神(超自然的で人知を超えたもの)と人間を対等だと考えること自体に無理があるんで、アメリカ人のようにシンプルに考えたり、ましてや、それを信じるのは、さらに難しいですね。信じられたらラクだろうな、とは思いますが。
それは利己的なだけ
ギブアンドテイクじゃない関係が、どれほど人間性を表すか。
先日ちょこっと書いた「パチンコ」(ミン・ジン・リー著)の第一部を読んでいて、とても心を動かされたのが、親子愛、夫婦愛、弱者への愛情の形でした。
年老いた漁師夫婦は、障害を持つ一人息子を愛しているからこそ、独り立ちできるように甘やかさず、しかし必要なものは十分に与えて育てます。そしてこの夫婦は、縁あって迎え入れた嫁に対しても、息子と同じ愛情を示します。
無学で、金銭的に豊かとは言えなくても、勤勉で、弱者に寛容で、互いに支え合おうとする彼らの暮らしぶりから、豊かな人間性が感じられます。彼らが信じているものは、おそらく愛情に根ざした道徳的で実践的な規律でしょう。
私の心が動かされてしまうのは、利己的な自己愛ではなく、無償の他己愛が感じられるからです。アメリカ人的な宗教解釈だと、このあたりはどんな感じになるのかな。やっぱり、勤勉に働いたから神が助けてくれた、という解釈になるのかな。
■アメリカの反知性主義
リチャード・ホーフスタッター (著), Richard Hofstadter (原著), 田村 哲夫 (翻訳)
■Anti-Intellectualism in American Life by Richard Hofstadter (Author)