ここのところ、朝、外に出るとプールの匂いがする。
28度の気温で、青空に白い雲がみえて、心地よい風が吹いて、塩素の匂いが漂ってくる場所にいたら、わたしの記憶は、小学生の頃の平和な夏休みに繋がっていくのだが、現実は、ウイルスの蔓延を防ぐために消毒液を散布されて、ゴーストタウンみたいになっている都市にロックダウンされている。
これが現実なんだけど、インターネットのなかで飛び交っている情報に比べて、目の前に見える景色は平和そのもの。
車と人が減って、空気もきれいだし、椰子の木から小鳥のさえずりも聞こえる。近所のパン・デ・マニラからは、以前と変らず、朝夕にパンを焼く匂いがするし、その香りにひかれて、ついつい買い物をしてしまう私も変わらない。
市民たちは不安のさなかにも、これは確かに憂うべき出来事には違いないが、しかし要するに一時的なものだという印象を、依然もち続けていたのである。(中略)かつてこの時刻にはあれほど騒々しかったこの町が、奇妙なほどひっそりとして見えた。
「ペスト」アルベール・カミュ(新潮文庫)
3月に出されたオンラインサロンの課題は、カミュのペストを読んで、現実と比較して論じることなので、ちょうど読み進めているところなのだが、この状況でこの本を読むことも、気分が同調する部分があり、そのシンクロ具合に脳ミソがグラグラして、それが奇妙すぎて変な感じがする。
でも、現実世界と比較すると、歩いている人たちが、全員マスクをしていることや、塩素消毒の匂いが漂っていることを除けば、カミュが描いたオランの街のように、道端に大量のネズミの死骸が転がっているわけでもなく、治療が受けられない病人が倒れているわけでもない。
「ペスト」の物語では、隔離された街に住むオランの人びとは、愛する人や、世界から切り離されたことに苦しむが、現在の私たちは、世界中と一瞬でつながる手段を、かなりの人間が手に入れており、SNSで世界中の人たちがコミュニケーションをし、情報を交換し、未知のウイルスから人類を守ろうとしている。
最近ちらっとみた論文で興味深いものがあったのだ。それは、オンラインのネットゲームで、プログラマが疫病の要素を入れたら、ゲームプレイヤーが疫病を拡散する動きをして、ゲーム世界の人口が激減するという現象が発生した、という事例が、現実世界でのパンデミック・シミュレーションになるのではないか、と論じたものだった。これは2007年9月に発表されたものだが、ゲームプレイヤーの動きが、まさに現在の現実社会とシンクロしている部分がある。
The untapped potential of virtual game worlds to shed light on real world epidemics
This human-agent model of disease dynamics can then be used to provide reproducible empirical analyses, yielding greater insights into the behavioural reactions and individual responses of people threatened by outbreaks of disease. この病気のダイナミクスの人間エージェントモデルは、再現可能な経験的分析を提供するために使用でき、病気の発生により脅かされている人々の行動反応と個々の反応についてより深い洞察をもたらします。
The untapped potential of virtual game worlds to shed light on real world epidemics Conclusion
カミュの時代には考えられないほど、人類は世界中を自由に、大量に高速で移動できるようになっている。「ペスト」では、ノミに吸血されたネズミがペストを人間にもたらすわけだが、現代では、世界中を自由に動き回る人間たちが、ウイルスを媒介していく。そこから、差別や恐怖、憎しみが生まれて、同じ人間同士が傷つけあっている様子も、現代人はインターネットを通してリアルタイムで可視化して共有している。
そしてまた、人びとが協力し助け合い、知恵を出し合う姿も、インターネットを通して共有され、これまでの既成概念が覆され、リモートで働き、オンラインで集まり、学び、診療を受ける、という新しいスタイルが加速されつつある。
私が最も恐れるのは、人がウイルスを拡散することを恐れるがあまり、全体主義的な傾向が強まって、監視が強化され、市民の自由度が大幅に失われることだ。おそらく、この件を契機にして、そこも加速するのも避けられない気がする。だとしたら、最悪の事態を防ぐために、するべきこと、考えておくべきことは何だろう。。。
とにかく「ペスト」は今週中に読み終わって、レポートを仕上げよう。
2020年3月16日にフィリピン政府からアナウンスがあって、マニラは3月17日(火)から4月12日(日)までEnhanced Community Quarantine (ECQ)を実施中だったが、4月7日(火)に4月30日まで延長が決定したという報道がいくつかあった。民間報道じゃなくて、公的機関に掲載された情報を確認したかったのだけれど、一カ所に情報が集約されていないから、ずいぶん探し回ってようやく公的機関に掲載されている情報を見つけた。
(PRRD ‘inclined’ to extend quarantine period until April 30)
これで、当初の予定である4月12日でECQが終わらないことは確定した。
18日間の延長になり、マニラのECQあけまで、のこり23日。