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なぜ作家は決闘を描くのか

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 カラマーゾフで描かれたゾシマの決闘事件を読みながら、当時は決闘が許されていた理由や、なぜ現代では許されなくなったのかに疑問を持った。また、女性の決闘がないのかも気になったので調べてみた。なぜ作家は決闘を描くのだろうか。

決闘が許されていた理由

 まず、決闘の風習が長く存続した理由だが、自分の存在価値を守るためなら、他者の殺害も例外的に認められるという意識が共同体のなかに共有されていたからだと思われる。哲学者カントは「人を殺害したのであれば,死ななくてはならない」(『人倫の形而上学』)と主張する一方で、子殺しと決闘だけ例外を認めている。理由は、公共体で生き続けるためには恥辱と不名誉を免れる必要があるから、というもの。[1]共同体で不名誉を被るとは、その人が社会的に承認された価値を失ってしまうことである。そうなると、もはや生きていても、死んでいるかのような存在にまで貶められてしまう。旧約聖書のダビデとゴリアテの闘いのように神は正しい大義のために立ち上がったものを助けると広く信じられていたが、神の意志を伺う神判[2]が禁止され、君主、教会、法学者が決闘を犯罪とみなしても、騎士道精神を美徳とする貴族から決闘を根絶することは困難だった。[3]

なぜ許されなくなった?

第二に、決闘が許されなくなった理由だが、これは犯罪を追及する公権力が十分に発達したことが原因だろう。法律のもとで、すべての人を平等に裁くというしくみを作り上げていく過程において、決闘は社会秩序を害する行為という問題意識が生まれ、例外が認められなくなっていった。[4]

女も決闘したの?

最後に、私が最も興味を持った女性の決闘だが、実際に行われた記録が残っている。[5]内容は、上流婦人の些細な諍いが原因という軽い喧嘩のノリから、好きな男を奪い合い生死をかけて闘うほど本格的なものまである。関連して面白い物語を見つけた。ドイツの作家オイレンベルグの作品を森鴎外が翻訳した「女の決闘」と、その作品を太宰治がアレンジしたものである。夫の浮気相手に妻が決闘を申し込むというフィクションだが、状況設定がリアルだ。妻コンスタンチェは夫の浮気相手に密かに決闘を申し込み、殺害に成功するものの、自ら警察へ自首して収監され、夫にも神父にも会わず、食事を断って自死する、という悲劇である。自分の名誉を守り、社会で生き残るための手段が決闘だ。しかし、彼女は勝ったのにも関わらず自責の念に堪え切れず死ぬ。

作家が決闘を描く理由

ドストエフスキーが描く若きゾシマは、神の啓示を受けて決闘を踏みとどまり救われたが、オイレンベルクと太宰が描く妻コンスタンチェは、神の意志によって決闘に勝ったはずなのに、救われていない。決闘が本当に人を救うしくみだったのかは分からない。しかしフロマートカが語るように[6]私たちが生と死の境目でしか人間や世界の本質を理解できないのだとしたら、決闘を描く作家たちの試みは、自分の命をかけるという危険を冒さずに、その境目を手軽に読者に追体験させてくれる装置ともいえる。

参考

[1]【特論8】「子殺し女」の罪と罰ー法のなかの淑女と淫婦──三成美保 (追手門学院大学 三成研究室) https://ch-gender.jp/wp/?page_id=4922

 死刑存置論と死刑肯定論──カント『人倫の形而上学』における死刑についての考察──櫻井悟史(立命館大学 生存学研究所)
https://www.ritsumei-arsvi.org/publication/center_report/publication-center21/publication-320/
[2]【法制史】神判(神明裁判)──三成美保 (追手門学院大学 三成研究室) https://ch-gender.jp/wp/?page_id=1703

[3] THE DUEL: FROM TRIAL BY COMBAT TO A NOBLE CRIME (The Moscow Kremlin Museums)

The Duel: from Trial by Combat to a Noble Crime
Unique exhibits will help to immerse in the world of duels of the 16th-17th centuries; many are exhibited in Russia for the first time and never before seen in ...

https://duel.kreml.ru/en  “The monarchs, the church, and the jurists tried to fight duels considering it an enormous crime. However, they had to reckon with the position of the aristocracy, which often took duellists under its protection. Kings themselves were brought up on chivalric ethics, were considered the first nobles of their kingdoms, and could not ignore the rules of the code of honour.”

[4] 決闘罪の話(参議院法制局)https://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column070.htm

決闘罪にあてはまる行為とは? 法律の趣旨や刑罰、成立要件を解説(監修者:萩原達也 代表弁護士(東京第一弁護士会所属))https://keiji.vbest.jp/columns/g_violence/5615/

[5] Top 10 Female Duels And Duelists by Hannah Janssen https://listverse.com/2017/09/04/top-10-female-duels-and-duelists/

[6] フロマートカ著『神学入門』[平野清美訳、佐藤優監訳・解説,新教出版社, 2012年]96. 人間のカテゴリーも世界のカテゴリーも生と死の境目、縁にあるときしか理解できない

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