読書感想8. Trial&Error

「反知性主義」第4章 アメリカ的な自然と知性の融合

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読書感想
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今回は、第4章「アメリカ的な自然と知性の融合」について、気になったところと学習ノートを備忘記録として残しておきます。(9月の読書会までに、この本を読み終えて感想を共有する予定で準備をしています)

「反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―」(新潮選書)
森本 あんり (著)

第4章では、アメリカのキリスト教が独自の発展を遂げた一つの理由として、雄大な自然環境が関係していることが述べられています。

ヨーロッパで既存の権威を持つ人から逃れて、アメリカの自然を開拓した移民たちは、精神的にもヨーロッパ的な知性を乗り越え、自分たちで考え行動する独立独歩の精神を保つことが重要だと考えたのです。それがキリスト教の根源的な思想として民衆に強く支持されました。

エマソンなど一部の知識人は、森や川などの自然と一体化して神を感じることを重要視し、急速に発展する大都市や既存の権威に対する批判的な精神が強めます。それが反知性主義の強化につながる流れであり、また自然と都市との対立というだけでなく、アメリカ精神とヨーロッパ精神との対立でもありました。

(ラルフ・ウォルドー)エマソンの神は、キリスト教的な世界観と接しているが、聖書的な人格神ではない。(中略)エマソンのこうした思想は、近代科学の要請である自己と世界の区別、あるいは啓蒙主義的な主観と客観という区別への反逆とも見える。別の見方をすれば、「梵我一如」つまり宇宙の原理たるブラフマンと個人の魂のアートマンとの不二一元論という、古代ヴェーダ哲学の焼き直しと言えなくもない。ただし、エマソンにはそのどちらにも存在しない、きわめてアメリカ的な特色が加えられている。それは、圧倒的な自然美への憧憬である

(第四章 アメリカ的な自然と知性の融合 「反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―」森本 あんり  (著)   )

フライ・フィッシングとキリスト教

著者が事例として取り上げている、映画「リバー・ランズ・スルー・イット」の話題で、フライ・フィッシングがキリスト教と繋がっている、という話は非常に面白かったです。偉大な自然と一対一で静かに対峙することで、礼拝で神と対話しているのと同じ状況になると書かれたところを読んで、ひとりで山に登ったり、渓流釣りを好む人たちは、単なる趣味や娯楽として余暇を楽しんでいるだけじゃなく、ちょっと瞑想が入っているのかもなぁと思いました。

Amazonプライムビデオの「リバー・ランズ・スルー・イット」のカスタマーレビューに、「大自然の景色は美しいが、平凡な筋書きで刺激が少なく面白みのない作品」と書かれているのを見つけて、まさに、同じ理由で原作の出版も数々の出版社に断られたんだよなぁ、と少し笑ってしまいました。キリスト教的な基礎知識と時代背景の知識がないと、見たことがないアメリカの大自然の映像を見て、神秘性を感じたり、自分の人生を振り返ったりするのはハードルが高いのかもしれません。


ちなみに、IMDbのA River Runs Through It(1992)の評価は、7.2/10 (52,451票)でした。日本のAmazonプライムのユーザーレビューと好対照の激熱な長文ユーザーレビューがあって面白かったです。

川のイメージが暗示するもの

また、川は聖書のイメージが暗示されている、という指摘があり、日本でも三途の川が現世と来世を分けている、と考えるから類似性がありますよね。

多くの場合、それは「人生」の象徴だ、という解釈に落ち着くようである。人生を通して、恵みの川が流れている、ということである。(中略)もう少し深いところで、聖書のイメージが暗示されている。川は、太古の始源であるエデンの園に流れており、来るべき終末の都エルサレムにも流れている。つまり、川は原初と終末における完全性の象徴なのである。その完全性に抱かれることが、自然の中でフライ・フィッシングをすることであり、堕落した人間が神の秩序に復旧することなのである

(第四章 アメリカ的な自然と知性の融合 「反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―」森本 あんり  (著)   )

イタリアの古典「神曲 地獄篇」では、主人公のダンテはアケロン川を渡って地獄を移動をし天国を目指して旅するのですが、世界各国の川のイメージをこうして比べてみるのも面白いです。

ちょっと滑稽な反知性主義

エマソンの影響を強く受けたソローも、有名ですが、現代に生きる私の感覚からすると、えー?そうだったの?ソロー、わがまますぎ!エマソンさん、ちょっとお人よし過ぎません?って思っちゃいました。ただ、こういうのもアリなんだな、という感覚も理解しておきつつ、読み進める必要があるんだということは理解しました。

彼(ソロー)は、気高い精神の自由を強調したが、実生活では結婚も就職もせず、自立することもないまま長くエマソンの庇護と援助に依存した。彼がしばらく過ごしたウォールデンの森は、そもそもエマソンの所有地を彼の好意で借りたものである。(中略)「ハーバード卒のハックルベリー・フィン」みたいな存在である。ちょっと矛盾した滑稽な人物だが、反知性主義にはどちらの側面も重要である。(中略)このような矛盾は現代の反知性主義にも共通するところがある

(第四章 アメリカ的な自然と知性の融合 「反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―」森本 あんり  (著)   )

第4章を読むと、映画「リバー・ランズ・スルー・イット」を見て、ソローの「ウォールデン・森の生活」を読みたくなりますね。

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