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「蠅」横光利一(1923年) 

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読書感想
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私は自分の記憶力に全く自信がありません。これは、そろそろ人生の折り返し地点に近づいたから、というわけではありません。小学生の頃からです。九九も、全国の都道府県名も、歴史上の人物名も、親に叱られ、自分自身にうんざりしながら覚えていました。

でも、不思議なことに、何十年経っても忘れないものもあります。高校の国語の教科書で読んだ小説、横光利一の「蠅」がそうです。5分で読める短編です。kindleで見つけて、懐かしくてダウンロードして読みました。読んでいると目の前に映像が浮かび上がって、ドキュメンタリー映画を見ているような気持ちになります。

登場する生き物は、馬、蠅、人間なのですが、主人公はいません。「蠅」という題名だから、ふつうは蠅が主人公かな、と思うところですが、私は「蠅」は、その時々の場面を客観的に映し出しているカメラのような存在としか認識していませんでした。でも作者は物語の結末で、蠅に感情を持たせている。だから私が無意識のうちに、自分の好みでそういう部分を削って記憶していたのでしょう。

蠅に限らず、感情的な部分は全く私の記憶に残っていませんでした。正直に言うと物語の結末すら覚えておらず、いつでも誰にでも起こりうる出来事をドキュメンタリー映画のように俯瞰して切り取った作品で、高校生の頃に読んで、すごく驚いてカッコよくて好きだと思った記憶だけが残っていました。

いま読んでも、すごく読みやすくて密度が濃く感じられて新鮮な気持ちになります。物語を深読みすると、決して後味の良い作品ではないはずなんだけれど、忘れっぽい私は、またすぐに感情の部分がいつのまにか消されていく気がします。そして、蜘蛛の巣とか馬小屋とか、歪んだ畳に転がった湯飲みとか、湯気の立つ饅頭とか、そういう情景だけが記憶に残っていって、たぶん、またしばらくしたら、この作品を読みたくなるんだろうなと思います。

いまは、身近に図書館がないので、日本語の本をいつでも好きなだけ読める環境が、どれだけ贅沢なことだったのか、実感しています。その環境にいると分からないんですよね。でも、だからこそ、こうしてkindleで自分の好きな作品をいつでも読めることは、とてもありがたくて幸せな気持ちになれます。ほんとに、いい時代になったなぁ。

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