読書感想

「ストーリーが世界を滅ぼす」ゴットシャル (2022)”でかメガホン”批判

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「ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する」ジョナサン・ゴットシャル (著), 月谷 真紀 (翻訳)を読んだので備忘記録を残しておきます。後半になると、ようやく著者がなぜこの本を執筆したのかが明らかになります。

以下は、本文から気になったところの抜粋と個人的な感想です。

プラトン「国家」はウロボロス?

つまり、『国家』の中でプラトンは、自分の物語の技巧を総動員して物語という技巧を攻撃してみせている。物語の教訓を半ば本気で受け取るなら、プラトンは自分が思い描くユートピアから自分が追放される結末の話を語っているのだ。これはどういうことか。一つの可能性は、プラトンが詩に反対する詩を書いているという皮肉をわかっていないことだ。彼は自分がフィクションによってフィクションを糾弾していることに気づいていないのかもしれない。だとすれば、『国家』は自分の尾を食う蛇ウロボロスのような自己矛盾の本ということになる。しかしその可能性は考えにくい。それよりも可能性が高いのは、プラトンが詩人の追放を望んだと言う多くの書き手がプラトンの本心を読み違えていた(あるいは『国家』の読み込みが足りなかった)ことだ。物語の危険性をプラトン以上に理解していた者はいない。だから最初はすべてのストーリーテラーを本当に追放しようとした。(400文字)

(第2章ストーリーテリングという闇の芸術)「ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する」ジョナサン・ゴットシャル (著), 月谷 真紀 (翻訳)

スナイダーは、ゴットシャルがプラトン「国家」を真に理解していることを疑っています。[1]自分にとって都合の良い部分だけを抜き出しているのではないか、とのこと。少数の富豪が国家のほとんどの富を掌握する古代ギリシアのような国家において、ストーリーテリングが均等に広まることはないはずなのに、著者がそれに言及しないのは変だ、というのが理由らしいです。スナイダーの指摘内容の意味も正直良く分からないのです。私は、プラトンの国家を読んだわけではないし、それどころかプラトンの主張すら良く分かっていないので、スナイダーとゴッドシャルのどちらの言い分が正しいのか、気になるところです。

プラトンの理想の王国の支配者は?

プラトンの社会体制では、従来の男女の恋愛も親子の情愛も廃止し、愛情も共産制になる。要するに、人間にとって最大の問題を解決する唯一の方法は、愛—美しい詩、子供や兄弟姉妹、夫や妻への愛を根絶やしにすることだとプラトンは示唆している。そんな夢を実現するだけの力は世界にはないとプラトンは見ていた。彼の理想のヴィジョンを実行するためには、純粋は論理では動かない愚かすぎる人間たちを従わせなければならない。理想への歩みが人間の本性にあまりにも逆らうものだとしたら、いったい何によってそれをかなえればいいのか。物語だ。たくさんの物語だ。プラトンの美しい都市は物語を一掃するどころか、レンガ一つひとつに物語が焼き込まれた王国だ。唯一変わっているところは、物語が自然発生するのではなく、任務に合わせて優生学的に産み育てられ特別に訓練された哲人階級によって作り出されることである。とどのつまり、プラトンの理想の王国の支配者は、哲人王であるとともにストリーテラー王でもあるだろう。(430文字)

(第3章ストーリーランド大戦)「ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する」ジョナサン・ゴットシャル (著), 月谷 真紀 (翻訳)

カラマーゾフの兄弟に登場した大審問官の物語が思い出される。プラトンは本当に、著者が言うように大審問官のような思考だったのだろうか。でもよく考えたら古代から支配者たちは常に自分たちに都合の良い歴史しか記録に残さない。彼らに逆らう人や思想の多くは消されてきたはずで、それが当然だったろう。大衆は口伝えで昔ばなしを語り継ぐ。煽情的でドラマチックな物語ほど長く広範囲に生き延びる可能性が高くなる。その傾向は現代においてもあまり変わらない。フェイクニュースが真実よりも速く広まり強い印象を残すのもそのせいだろう。(251文字)

悪を増幅するフィルター=ニュース?

とはいえ、ピンカーのデータは私たちの「世の中がどんどん悪い方に向かっている」という単純な直感が間違いであることを確かに示している。それがほとんどの人にわからないのは、ジャーナリズムが、良いニュースをキャッチして捨て、悪いニュースを増幅するフィルターに現実を通しているからだ。私はそれに気づいた最初の人間でも、100万番目の人間でもない。メディア学者のベッツィ・グレイブが「注目せずにはいられないネガティブな要素は、時代と文化を問わず、厳しい批判があろうとも根強い、ニュースの選別原理である」ことに気づいている。世界に関する客観的な事実はずいぶん明るくなったのに、なぜニュースは世界をピンカーの言う「憂き世、悲話、絶望の淵」として描くのか。(347文字)

(第4章「ニュース」などない。あるのは「ドラマ」のみである)「ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する」ジョナサン・ゴットシャル (著), 月谷 真紀 (翻訳)

ハーバード大学の心理学教授ピンカーのデータを論拠にするのは、正確性の点で問題があるのでは?と、これもスナイダーの批判から。ピンカーもゴッドシャルも、都合の悪いデータには目を向けず、自分の結論に都合のよい情報だけを集めて論理を組み立てている可能性がある、という。スナイダーはピンカーの著書を検証した本”The Darker Angels of Our Nature “を示して問題を指摘する。[2]ただ、ジャーナリズムが負の側面を強調するのは著者が指摘するとおりメディアの性質として当然だとは思う。(199文字)

ストーリーテラーを憎まず、物語を疑え

この本を読む前にスナイダーの辛口書評を読んでしまった。ゴットシャルは自分の都合の良い事例だけを継ぎ合わせ、論理を展開している、と手厳しい。そんなに信用ならない本なのか?猜疑心だらけで読み始めた。しかし私の理解するところ「煽情的な物語を警戒し、語り手をむやみに信じるな」という著者の主張は、フェイクニュースを疑えとリテラシーの向上を促すものと大差ないと感じる。唯一、違いを感じたのは「トラブルの種になる虚構を広める人を憎むな。誰でもその罠に落ちる可能性がある」という部分だ。

なぜスナイダーがあれほどゴットシャルの本にダメ出しをしたのか、読み終わって新たに疑問が湧いてきた。もしかしてトランプ擁護派なのか?と勘ぐってネットで検索してみたが動画を見る限り違うようだ。[3]NYTの書評という大舞台に取り上げられ、けちょんけちょんに貶されたこの本は見方を変えれば、無料で巨大広告してもらったようなものかもしれない。スナイダーが批判しているとおり、ゴットシャルは読者を自分の物語に引き込もうと技巧を凝らし過ぎている感は否めない。ただ、著者の目的が現状の危機を読者に強く訴え、自覚と変化を広く促すことであるならば、その作戦もありだな、と私は思う。

著者は前大統領に面白いニックネームをつけている。日本語では「でかメガホン」と翻訳されている。この本の最終章では彼に対する批判が繰り返される。超目立ちたがり屋をいい気にさせたくないから、絶対に固有名詞は出したくない!と具体的な事例を滑稽に語る文章から、著者がどれほど彼を嫌っているのかが伝わる。私は、ちょうどジムで筋トレしながら最終章を音声で聴いていた。寝転がってダンベルベンチプレスをしていたのだが、思わず笑ってしまい、腕から力が抜け思わずダンベル(2.5キロ)を胸の上に落としそうになった。この本は、かしこまって読む本ではないのだ。著者がどんな冒険に読者を誘おうとしているのか、ゴッドシャル自身が述べているように「ストーリーテラーを憎まず、物語を疑う」姿勢で楽しめばよいのだろう。(849文字)

参考

[1] “Though he claims to have read “2,400 years of scholarship on Plato’s ‘Republic,’” Gottschall misses the famous point in Book IV about the city of the rich and the city of the poor. In a country where a few dozen families own as much wealth as half the population, the opportunities for storytelling are unevenly distributed. Gottschall has nothing to say about this.” 2021年12月にNYTに掲載された書評。評者はイェール大学 歴史学教授ティモシー・スナイダー。けっこう、けちょんけちょんに批判されてる。

Is the Human Impulse to Tell Stories Dangerous? By Timothy Snyder (NYT >What to Read)Dec. 30, 2021

[2] “The Darker Angels of Our Nature “(「私たちの本性の暗い天使たち/ピンカー歴史暴力論に反論する」未邦訳)

[3] Historian Of Fascism Timothy Snyder Warns Of Trump’s Damage To Democracy | Andrea Mitchell | MSNBC(6分)

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