今回は、ハイエクの「貨幣発行自由化論」の第4章「政府特権の濫用の歴史」から、気になったところのメモと学習ノートを残しておきます。
「貨幣発行自由化論 改訂版――競争通貨の理論と実行に関する分析 」フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) (著), 村井 章子 (翻訳)
(10月の読書会までに、読み終えて感想を共有する予定で準備をしています)
この章では、権力者がどのように特権を濫用してきたのかを歴史的に考察しています。
結論は、だから、権力者だけに貨幣発行を任せちゃダメ、ということです。
支配者は信用できるのか
紀元前から17世紀まで、貨幣発行を独占した支配者が行う不正行為とは、鋳造する貨幣の金属含有量を減らし、品質を低下させることでした。
紙幣が主流になるまでは、支配者は、繰り返し不正を行っていたので、それに伴って物価が上昇し、インフレになったのだとハイエクは指摘します。質の悪いコインを無計画に大量に作って流通させるから、お金の価値が下がって物価が上がるんですよね。
歴史家たちは、インフレが経済の進歩に必要だと正当化するが、それは真っ赤なウソ。だってアメリカとイギリスが最も急速に発展した時期が終わった頃の物価水準は、200年前と変わってなかったよ、というのが著者の意見です。
政府がこんなことを続けられたのは、悪貨を押しつけるにあたって非常に残酷な刑罰を用意したからだ。貨幣法に関するある法律書によれば、法貨の受け取りを拒絶しただけで、かつては次のような刑罰が科されていたという
第4章「政府特権の濫用の歴史」「貨幣発行自由化論 改訂版――競争通貨の理論と実行に関する分析 」
フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) (著), 村井 章子 (翻訳)
ちなみに、各国で適用されたという刑罰は以下のとおり。
中国(13世紀) | 死刑 |
フランス | 禁固20年または死刑 |
イギリス | 大逆罪 |
アメリカ(独立戦争の頃) | 債権没収 |
信念が権力の濫用を防いだ?
ハイエクが言うには、金本位制が支配的だったころには、この制度を維持することが国家の威信であり、廃棄することは国家の恥だという信念が存在していたから、職権乱用を抑制できていたそうな。
で、そのおかげで200年以上も貨幣価値が安定しちゃった。そうすると、権力者たちは、あれ?これだったら、金と交換しなくても、いいんじゃないの?っていう感じになって、どの国の政府も権力の濫用を始めた、という流れみたいです。
このように、政府が持てる権力を有効に活用し、それなりの長期にわたってまともな貨幣を供給した例はない。権力の甚だしい濫用を控えた時期はあったけれども、それは金本位制のような規律に縛られていたときだけである。このような無責任をこれ以上容認すべきではない。(中略)金本位制などの規律を課されていない政府が信用できない理由はいくらでもあるが、民間企業が自ら発行した通貨の価値を安定的に維持しうることを疑ってかかる理由はない。
第4章「政府特権の濫用の歴史」「貨幣発行自由化論 改訂版――競争通貨の理論と実行に関する分析 」
フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) (著), 村井 章子 (翻訳)
メドウズが「世界はシステムで動く」で、システムの中で改善すべき場所をレバレッジポイントと呼び、その見つけ方のヒントになる12のポイントを挙げているのですが、この貨幣発行自由化論でハイエクが読者に訴えかけていることを読んでいると、いくつか、そのレバレッジポイントっぽいな、って感じがするんですよね。
つねに古いパラダイムの異常や失敗を指し続けること。声を大にし自信を持って、新しいパラダイムに基づいて話し、行動し続けること。新しいパラダイムを持った人々をみんなに見え、権力のある場所に置くこと。反動主義者にかかわって時間を無駄にしないこと。それよりも、能動的な変化の担い手や、偏見のない中立的な人々とともに活動すること
ドネラ・H・メドウズ「世界はシステムで動く」
引用した部分は、トマス・クーンの「科学革命の構造」の内容についてメドウズが説明している部分になります。貨幣は政府が発行するものだ、って私の頭には刷り込まれちゃっていたのですが、この本を読んでいるうちに、それは古いパラダイムなのかもしれないな、と考え始めています。
インフレがダメな理由
どうしてインフレがダメなのか。ニッポニカによると6つの理由が挙げられていました。
要点をまとめると、こんな感じ。
- 労働者に被害
- 弱者を脅かす
- 貯蓄が減る→インフレを煽る
- 生産が阻害される
- 設備投資が減る→インフレを煽る
- 社会道徳が破壊される
こうして、どんどん状況が悪化してしまうから、政府は、あれこれと策を練るわけです。
ところが、ハイエクに言わせれば、政府が貨幣発行を独占していることが元凶なんだから、それを自由化したら、こういう問題もなくなるんじゃない?っていう話なんですよね。
次章からは、民間通貨への先入観を取り除くための説明と、民間通貨でもOKな理由が説明されます。
用語
インフレーション:インフレーションは社会に甚大な被害を与える。すなわち、(1)賃金はつねに物価に遅れてのみ上昇するから、勤労者に被害を与える、(2)金利生活者、年金生活者、生活保護世帯など、貨幣額が固定した収入で生活する人々を脅かす、(3)貨幣に対する信用がなくなるため貯蓄がなされず、換物行為が盛んとなり、これがいっそうインフレーションをあおる、(4)生産過程におけるより流通過程での価値増殖のほうが速くなるため生産が阻害され、闇(やみ)商人、投機者の跳梁(ちょうりょう)を許すことになる、(5)将来の見通しがたてられなくなるため設備投資などが行われず、それが生産性の停滞を通じていっそうのインフレーションをあおる、(6)こうした事態から、人心の退廃、刹那(せつな)主義の横行を招き、社会道徳が破壊される、等々である。
“インフレーション”, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-09)
金本位制 gold standard
“金本位制[国際金融]”, 情報・知識 imidas 2018, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-10-09)
金を国内通貨発行の裏付けとし、金や金の裏付けのある通貨で表示された資産が国際通貨として流通した国際通貨制度。かつての覇権国家であるイギリスを始め、フランス、ドイツ、アメリカなどの世界の主要国がこのような制度を採用していた時代は、1870年ごろから1914年までと20年代後半の時期で、この通貨制度は国際金本位制とよばれている。金や銀は古くから、価値の貯蔵手段、支払い手段として使われていた。金を通貨価値の裏付けとする金本位制の下では、金貨が流通するとともに、政府が紙幣を発行する場合にも、政府はいつでも紙幣を一定の量の金と交換することを約束していた。紙幣の金で量った価値は、金平価とよばれた。このような制度を持ち、かつ金の輸出入が自由な国の間では、金が国際通貨として流通した。
貨幣発行自由化論 改訂版ーー競争通貨の理論と実行に関する分析 [ フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek) ]