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意志と情念(神曲 煉獄編)

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読書感想
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14世紀イタリアで大人気となり、現代でも読み継がれるダンテ・アリギエーリの「神曲」を読んでいます。地獄篇を読み終わって、いまは、煉獄編を読んでいます。今回は、第21歌で書かれていた「意志」と「情念」の関係性について調べてみました。

この言葉を聞くとウェルギリウスは私の方を向いて
 黙ったまま眼で「黙っていろ」といった。
 しかし意志の力は十全ではない。それに
笑いや涙はそれぞれ情念に由来して
 情念と密接に結ばれているから、
 誠実であればあるだけ意志には従わなくなる。<108>
それで私は目くばせをする人のように一瞬微笑した。

第21歌 神曲 煉獄篇 (河出文庫) ダンテ・アリギエーリ (著), 平川祐弘 (翻訳)

ウェルギリウスに導かれて天国へ向かって旅を続けるダンテ。ここは、ダンテが煉獄で出会ったラテン詩人スタティウスが、自分がウェルギリウス本人と話していることを知らずに、熱烈にウェルギリウスを賛美した場面の一部です。

ウェルギリウスは黙っていろ、という素振りだったのに、ダンテは思わずにっこりしちゃうので、スタティウスが不審に思って問いただすという流れです。

現代の私たちが読むと違和感も感じないんですが、ここはちょっと面白いところなんですよ。

コントロールできる・できない

情念とは、自らの力でコントロールできないもの、意志とは、自分の力でコントロールできるものであり、両者の存在と関係性は、中世までは明確に認識されていませんでした。

2つの言葉の定義から説明します。まず、意志とは、1.過去の経験などに基づく理由によって、2.人間が未来に実現したい目的を描き、3.そのために行為すること、達成することの心理的なプロセス、この3つを繋げるものを指します。これは自らの力でコントロールが可能なものになります。

次に、情念とは、感情の一種ですが、より激しく苦悩をよぶものを指します。これは情念(パッション)の語源が、ギリシア語のパトスpathos、ラテン語のパッシオpassioに由来し、他から「働きかけを受けること」を意味していたことによります。例えば、キリストの受難の生涯が「情念」と呼ばれるように、情念は自らの力でコントロールをすることが難しいものです。

現代人は、両方の差異を認識できていますが、中世までは、人間の体内には4種類の体液(ユーモア)が流れ、個々の人間の性格や気質はそのうちの優勢なものによって決定するとされていました。つまり中世以前は、人間が自らの意志によって自分をコントロールできるとは考えられておらず、人間に内面が存在することは一般的には認識されていなかったのです。

しかし、第21歌でダンテは笑いや涙などが、人間の内面に存在する情念に由来するものであると記述しています。これは、14世紀イタリアで、近代的な思想である「人間の内面の発見」が一般的になりつつあったことを示しています。

人間の意志については、現代でも宗教によって考え方が違うので、面白いところですよね。

用語

意志価値の感情を伴う目的動機に促され、その目的の実現によって終わる一連の心的プロセスが、普通、「意志」とよばれている。一般に人間の行為は、これから遂行される行為によって実現されるはずの未来のできごと、つまり「目的動機」、および、この目的動機=企図そのものを決定づけた利害、関心、状況判断、性格、習慣等々の「理由動機」とによって説明される。「未来」先取り的な目的動機と「過去」の諸経験に根ざす理由動機とが互いに連結しつつ、行為とよばれるある統一的な連関を形成し、「意志」はその連関を貫通すると考えられている。

“意志”, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-12-06)

情念:心理学上の術語としては,感情一般のなかに属し,狭義の〈感情〉や〈情動(エモーション)〉と区別され,激情を意味する。つまり〈感情〉が強まりそれがはっきり身体に現れるほどになったとき〈情動〉と呼ばれ,またさらにいっそう激化して感情の自然の流れがせき止められ苦悩にさらされるようになるとき〈情念〉と呼ばれる。(中略)

このような情念が人間理性に対立するものとしてとらえられるようになったのは,近代世界になってからである。そこではデカルトの《情念論》が示すように,情念は心身関係における〈身体の働きかけによる心の盲動〉,つまり身体に原因する心の乱れとして,否定的にとらえられたのだった。しかし現在では,情念,さらには〈パトスの知〉は心身合一の見地から,身体性をもった具体的な人間のありようを示すものとして見直されるようになってきている。

“情念”, 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2020-12-06)
https://amzn.to/3qwxTdl
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